2013年01月25日

日揮社長「朝早い時間に襲撃」 アルジェリア人質事件で


1月25日13時44分配信 SankeiBiz

 帰国した日揮の川名浩一社長や三好博之執行役員らが行った記者会見の主な一問一答は次の通り。

《元の記事を表示》

 川名社長「駐在員全員を無事、本国に返すという信念を持ってアルジェリアに行ってきたが、日本人駐在員10人と外国人駐在員6人の外国人の死亡を確認し、安否の確認ができていない外国人駐在員1人が残っているという誠に残念な結果を報告しなければならなくなった。誠に痛恨の極みだ」

 −−川名社長と三好執行役員が現地で見聞きされた事件当時の状況は

 川名社長「事件発生当日の朝早い時間に襲撃が始まり、また翌日に撃ち合いがあったということだった。その辺の前後関係は現在も調査している」

 −−今回のアルジェリア政府の対応の仕方次第では犠牲者がでなかったのではという見方もあるが

 川名社長「実際にアルジェリア軍がどのような形で交戦したのかはっきりとつかんでいない。結果的に尊い命が奪われ、とても悲しくつらいと感じている」

 −−川名社長は現地に行き陣頭指揮にあたったが、遺体の確認をしたときなどの様子は

 「私が現地に行ったとき日本人と思わしき遺体が5体、ひつぎの中に横たわっていた。今回の襲撃で難を逃れた技術者仲間が『仲間の特徴を分かっている。私たちも確認作業に加わる』と一緒に確認してくれた。そうした協力を得て一人ずつ確認することができた」

 −−従業員の安全確保を最優先に考えるということだが、今後どのようなことをするのか

 三好執行役員「アルジェリア政府には外国人の安全を確保する上で今後必要となるセキュリティーの強化をお願いした。今後は安全が十分なのか見極め、可能と判断できれば建設業務を実行する」

 −−先ほど政府が犠牲者の氏名を公表したようだが会社としての考え方は

 遠藤毅広報・IR部長「事件に巻き込まれた当人、家族、遺族にこれ以上のストレスをかけてはならないというのが考え方の根底にある。この考え方は決して変わることはない」

 −−現場で見聞きした事件発生当時の詳細

 川名社長「16日5時40分ごろ、日揮キャンプの自室にいたところ、サイレンが鳴り何か起きたと思った。ドアを開けたら『ステイルーム(そこにいろ)』と言われた。その後、外から銃声が聞こえたが、自分の目では見ていない。近くの部屋で『オープン・ザ・ドア』と声が聞こえ、銃声音がした。9時ごろにはヘリコプターの音が聞こえ、助けに来た軍隊が到着したと思った。日中、はっきりした時間は分からないが、銃声音が鳴り響いていた」

《SankeiBiz 編集部》



感想
1月16日、アルジェリアのイナメナスにある天然ガスプラントで発生した、『アルジェリア人質事件(参照リンクを表示)』。アルジェリア軍の強硬な人質救出作戦によって、日本人10名を含め、37名もの人質が命をおとした。武装グループの死者が34名と、人質の死者数のほうが多いという今回の救出作戦は、失敗だったのではないだろうか。

人質の死亡者が犯行グループを上回るのは、ハイジャックの場合は分からないが(ハイジャックされた旅客機が墜落したり)、めずらしいのでは。たとえば、1996年に起こった『在ペルー日本大使公邸占拠事件(参照リンクを表示)』における犠牲者は、人質が1名と、人質救出作戦を実行したペルー軍特殊部隊の隊員が2名の、あわせて3名だった。

もちろん数の問題ではなく、上記の3名の命も尊いのだが、犠牲者はひとりでも少ないほうがいいに決まっている。アルジェリア政府は、アルジェリアの発展に貢献した人質の命より、天然ガスプラントを優先したように思えてならない。そのプラントを支えていたのが誰だったか、よく考えろと言いたい。


この事件で亡くなった、すべての人質の方々のご冥福をお祈りします。




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