2012年07月13日

トヨタの豊田社長、業績回復に自らハンドルを切る


7月13日20時55分配信 ウォール・ストリート・ジャーナル

 トヨタ自動車の豊田章男社長(56)がチャコールのスーツとネクタイ姿でカメラに手を振る姿が映る。そして突然、赤と黒のレース用ジャンプ・スーツを身にまとったヘルメット姿でラスベガス・モーター・スピードウエイに現れ、サイケデリックなカムリのセダンに乗り込む。運転席に取り付けられたカメラは、カムリのサウンドシステムがベース音を轟かせるなか、豊田社長がシフトアップする姿をとらえる。

《の記事を表示》

 これは昨年秋に米国で放映されたテレビ広告だ。広告のなかでナレーターが「米国で最も売れた車をどう作り直すのか」と問う。ナレーションは「運転席からだ。豊田章男。レースカー・ドライバーであり、そしてトヨタ自動車の社長」と続く。

 だが作り直されているのはカムリだけではない、豊田氏自身もそうだ。淡白だと言われるデザイン、2009年のリコール問題、2011年の大震災といった長年の不振から業績を立て直すため、豊田氏は自らハンドルを握り、自らテレビ広告に出演した。

 テレビ広告に出演した自動車メーカーのトップは何も豊田氏が初めてではない。クライスラーのリー・アイアコッカ最高経営責任者(CEO)は工場の床に立ち広告に出演した。フォード・モーターのビル・フォード・ジュニア会長は机の後ろから出演した。そして「ドクター・Z」ことダイムラーのディーター・ツェッチェCEOは、ダイムラー・クライスラー(当時)のためにダッジ・チャレンジャーの中から出演した。

 しかし傾斜31度のデイトナ・インターナショナル・スピードウエイを経験した人はいないし、ましてや両脇にパラソルを持ったレザー服の女性2人を従えて出演した人は誰もいない。(2人の女性はトヨタの自動車スポーツチーム「ガズー・レーシング」から名前をとり、ガズー・レディーという。ガズー・レディーは豊田氏がレースを行う際の取り巻きで、日本では相当数の「おっかけファン」もいる。)

 このロックスター的なキャラクター設定は、2009年に社長の座に就いてから豊田氏が自身の職務を定義してきた通常ではない方法を反映している。豊田氏は、事実上の最高マーケティング責任者(CMO)であり、かつチーフ・テスト・ドライバーの両方になった。豊田氏は、特にマッスルカーのサイオンFR-Sクーペ(日本名「86」、2万4000ドル・約190万円)やレクサスLFAスーパーカー(37万5000ドル)など、できる限り多くの車両を精査すると誓った。

 これは祖父が興した企業を引き継いだ当初、ほとんど表舞台に出てこなかった男の目を見張るほどの進化だ。2009年終盤にアクセルペダルでリコール問題が起こった際、前面に出てスポットライトを浴びた豊田氏の当初の公式コメントはぎこちないものだった。しかし2010年序盤の米国議会での証言では堂々と、議員らに向かって「すべての車に私の名前がある」と発言した。(企業名は、日本語での響きを重視し、1936年にトヨタに変更された。)

 トヨタの幹部らは、豊田氏を運転席の騎手に仕立てたキャンペーンは、最近の災難から新しい展開を図る上で奏功し、トヨタに、よりスポーティなイメージを与える一助となったと指摘する。直近のマーケティング努力は最新世代のカムリのローンチに向けて注がれていた。カムリは米国でこの15年間、1年を除いて最も売れている車だ。

 豊田氏は、1980年代にマンハッタンの投資銀行で働いていた際、中古のポルシェを運転して自身の運転技術を磨いたと話す。ポルシェを買ったのは、それまで乗っていたトヨタのセリカが盗まれたからだ。そのポルシェはすでにないが、豊田氏はポルシェのブレーキホースをほうふつとさせるスティールメッシュを使ったポルシェのボールペンを見せるのを好む。豊田氏は19日、記者に「これを見てくれ。自動車の部品そっくりだ」と言った。

 豊田氏の無鉄砲な行動は自身の存在感を高めることになった。これはほとんどの前任者が求めなかったことだ。渡辺捷昭前社長は在任中、人目につく場所を避け、自由な時間を男性合唱団で費やした。

 豊田氏のやり方はリスクもはらんでいる。2010年にトヨタのチーフ・テスト・ドライバー、成瀬弘氏が死亡した高速走行時の事故のようなリスクは特にだ。この事故は、豊田氏が独ニュルンベルクで開催される毎年恒例の24時間レースに3年連続で出場した1年後のことだった。トヨタによると、それ以来、豊田氏はどんなレースにも出場していないという。事情に詳しい筋によると、トヨタの取締役会から圧力がかかったことも一因だという。しかし、レース用のコースで一人、トップスピードで走行する習慣は止めてはいない。

 3月の記者会見で豊田氏は3人のテストドライバーと一緒に現れ、運転を止めないと主張した。「10年前、運転の師匠でもある成瀬さんから、運転の仕方も知らないのに余計なことを言ってもらっては困る。自分たちは命をかけていると言われた」と豊田氏は語り、「(私の)役割はプロと一般のドライバーのかけ橋になること」と述べた。

 豊田氏はテストトラックで過ごす時間を増やすため、ゴルフなど他の娯楽の時間を削ってきた。ゴルフを止めてトラックで過ごすようになったのは、ジャーナリストが豊田氏に対し、「トヨタの役員はハンドルを握らないでゴルフクラブを握っていると言った」からだという。

 豊田氏は耐火性繊維ノーメックスで仕立てられた赤と白のレーシングスーツを着て、定期的にイベントに現れる。レーシングスーツの肩パッチには愛犬「モリゾウ」のマンガ絵がついている。多くのCEOは名刺を差し出すが、豊田氏の主な「名刺」はこの愛犬のパッチがデザインされたシールの束だ。

 昨年11月、ラスベガスの社内カンファレンスに集まった約1100人の意気消沈したトヨタのディーラーや従業員を励ますため、豊田氏はレーシングスーツを着てステージに上がった。

 激励のスピーチの途中、豊田氏は社員らを促し一緒に「ワクドキ、ワクドキ、ワクドキ」と連呼した。「胸がときめくような気持ち」という意味だ。

 豊田氏は、トヨタの車に必要な情熱を表現する際に、よくこの言葉を使う。豊田氏は4月に、トヨタ車のデザインは「ツー・デモクラチックで」(民主主義的すぎて)需要を喚起できない、と記者団に述べた。

 豊田氏は製品開発に深く興味を持っている。2008年に始まったFR-Sスポーツカーの開発では、豊田氏は少なくとも月に1度は試作品に乗り、サスペンションから外側のバッジに至るあらゆることに、ときに厳しくフィードバックした。

 FR-Sのチーフエンジニアの多田哲哉氏は、「豊田氏のコメントはかなり厳しかった」と振り返る。あるとき、自分たちが開発の岐路に立たされた際、豊田氏は車がまったく自分に話しかけてこないと言って、その車に特別なところが何もないことを教えるのが、豊田氏のやり方だった、と同氏は話す。「それまでの社長には決してなかったことだ」

《ウォール・ストリート・ジャーナル Chester Dawson》



感想
 トヨタ自動車のトップであり、自工会(日本自動車工業会)の会長でもある豊田章男氏。創業者『豊田章一郎』の孫で、大のクルマ好き、ニュルブルクリンク24時間耐久レースに出場経験があるのも聞いていたが、チーフ・テストドライバーだったのは知らなかった。リスクのある仕事を社長にまかせるなど、普通は考えられないからだ(成瀬弘氏についての過去の投稿はこちら)。

 『FR-S』は86の北米仕様の名称で、北米では『サイオン』ブランドで販売される(関連リンクを表示)。サイオンはトヨタ、レクサスに次ぐトヨタ第3のブランドで、「ジェネレーションY」と呼ばれる若年層をターゲットとしている(関連リンクを表示)。そのFR-Sは6月に2684台と、サイオンのモデルで過去最高の売上を記録した(関連リンクを表示)。チーフエンジニアの多田哲哉氏が「かなり厳しい」と語った、豊田社長のコメントと熱い情熱がなければ、FR-Sがこれほど売れることはなかっただろう。

 冒頭で紹介されている、広告の映像はこちら


 記事にはニュルンベルクとあるが、ニュルブルクリンク24時間レースが行われるのは、ドイツ南西部のラインラント=プファルツ州にあるニュルブルク。ニュルンベルクは南東部のバイエルン州にあるので、これは誤り。



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2012年05月21日

【中田徹の沸騰アジア】年産200万台達成へ…アジアのデトロイトの未来


5月21日11時45分配信 レスポンス

タイ政府が『アジアのデトロイト』構想を発表したのは2000年代前半。タイ自動車産業はその後、クーデターやリーマンショック、昨年の大洪水などがブレーキとなり、一進一退を続けてきた。

《元の記事を表示》

そして遂に2012年、念願だった年産200万台を達成する。ただ、年産200万台のマイルストーンは通過点に過ぎない。今後数年以内に250万〜300万台に拡大する見通しで、世界10位以内の自動車生産大国という目標を達成する可能性が高い。

その牽引役が「世界で最も成功した自動車産業政策」のひとつ『エコカー・プロジェクト』だ。2012年5月までに日産やホンダ、三菱自動車、スズキの4社がエコカー5車種を発売し、今後トヨタも新型車を投入する計画となっている。

◆アジアのデトロイト構想

1997年7月のタイバーツ切り下げを端に発したアジア通貨危機。これによりタイを含むASEAN各国の自動車販売は大打撃を受けた。タイの自動車市場は、1996年に59万台となったが、1997年に36万台、1998年に14万台に減少し、急転直下の悪夢を経験した。

当時の自動車輸出(完成車のみ)は年間数万台で、国内市場の減少が自動車生産の縮小に直結する構造となっていたが、販売先が複数あればリスクを低減できるとの考えから、タイ自動車産業は内需と輸出の2本柱の産業構造への転換を目指すことになる。このときタクシン政権の下で、“アジアのデトロイト”構想が提言された。

アジアのデトロイト構想をベースに進められた第1次自動車産業基本計画(2002〜2006年)。このなかで1tピックアップトラックの生産・輸出拠点化を目指す方針が盛り込まれた。

法人税優遇などの恩典に加え、自由貿易協定(FTA)の拡大が輸出市場の開拓を後押しし、自動車各社はタイで生産する1tピックアップトラックを世界戦略車と位置づけ、増産投資を重ねた。

こうしたことからタイの自動車生産台数は2005年に100万台を突破。このうち完成車輸出は44万台となり、生産に占める輸出の割合は4割にまで上昇した。タイ政府の目論見通りグローバル化が進展した。

◆紆余曲折だったエコカープロジェクト

1tピックアップの輸出拠点としてのポジションが固まるなかで、これに続く戦略製品の獲得がタイ政府の狙いだった。これが“エコカー”であり、“エースカー”と呼ばれることもあった。

小型乗用車の生産を誘致するメリットは、規模拡大のほかに、部品産業のレベルアップ(小型商用車中心から乗用車を含めた幅広い分野の集積)、開発分野などへの投資拡大(乗用車のモデルサイクルはトラックより短いため設備や開発などへの投資がし易くなる)などを挙げることができる。

2006年2月に発表された第2次自動車産業基本計画(2007〜2011年)では、2010年の自動車生産目標200万台が謳われ、エコカープロジェクトによる小型乗用車の生産誘致を目指すとした。

しかし、2006年9月のクーデターにより、アジアのデトロイト構想を発案したタクシン政権が崩壊。軍事政権はエコカープロジェクトの中止を検討したが、紆余曲折の末、工業省は2007年6月にエコカープロジェクトの実施を正式発表することになる。

エコカーをどのような製品とするのか。世界の自動車をめぐる事業環境がダイナミックに変化するなかで、議論は二転三転した。当初、日本の軽自動車がエコカーとして想定されていた時期もあり、単価の低い軽自動車(660cc以下)の生産を「人件費の高い日本」から「コスト競争力の高いタイ」に移管しようと言う内容も一時期みられた。しかし、世界の自動車市場の重心が新興国にシフトする状況に加え、燃料高を背景に低燃費車の需要が高まっていたこともあり、Bセグメントカーで決着した。

◆遂に年産200万台が確実な情勢に

政情不安などによりタイ国内で需要拡大が期待通り進まなかったことに加え、2008年のリーマンショックを受けて輸出需要が伸び悩み、タイの自動車生産は一進一退を続けた。

2010年の生産台数は165万台に拡大したが、2010年目標の180万台(200万台から下方修正されていた)を達成できなかった。

2011年、東日本大震災からの回復が進んだ7〜8月には「1年遅れの目標達成」も可能と言われたが、10〜11月のチャオプラヤ水系の大洪水を受け、146万台に沈んだ。

そして遂に2012年に200万台の目標を達成する公算である。洪水からの回復が急速進み、2012年2月の生産台数は17万台に迫り、3月には月間としては過去最高の19万台に伸びた。通年では200万〜210万台に拡大すると予測される。

昨年から主力車種の全面更新が順次進んでいる1tピックアップが堅調に伸びていることもあるが、今後の成長の牽引役はエコカーだ。2010年に日産が第1弾『マーチ』を投入。2011年にはホンダが『ブリオ』を、日産が『アルメーラ』を生産開始した。2012年3月には三菱自動車とスズキがそれぞれ『ミラージュ』と『スイフト』で続いている。さらにトヨタも新型車を投入する計画だ。

エコカープロジェクトでは、最大8年間の法人税免除などの恩典が受けられる一方、生産規模を年間10万台に引き上げるよう求められている。このため今後50万台を超える生産が上乗せされることになり、2014〜2015年にはタイの自動車生産は250万台に達する。300万台も夢ではない。

タイの自動車生産順位は、2010年の世界12位から、2011年の14位に後退。しかし、今後250万台にまで拡大すれば、スペインやフランス、カナダなどを抜いて9〜10位に浮上する可能性が高い。アジアに限ってみれば、中国、日本、韓国、インドに次ぐ5位のポジションが定位置だ。

◆タイの競争力を支える部品産業

ASEANでは今後インドネシアの台頭が予測されるが、内需の成長性では劣勢なタイの自動車産業は競争力、優位性を維持できるのか?

答えは、イエス、と筆者は考える。その理由は部品産業の集積だ。

あまり知られていないかもしれないが、日本の完成車メーカーにとって、タイは日本に次ぐ(海外では最大の)供給拠点で、世界中に部品を輸出している。2011年10月にチャオプラヤ水系の大洪水によりタイ中部地域の広い範囲で被害が発生し、自動車部品メーカーの多くも被災。これによりサプライチェーン(部品供給網)が停止する事態となったが、影響はタイ国内やASEAN地域だけでなく、日本や米欧地域にも及んだ。洪水リスクが顕在化した一方で、アジア(世界)のハブ拠点として機能するタイの役割の大きさが改めて示されたともいえる。

タイには、自動車生産・輸出の拡大に伴ってスケールメリットを獲得し、それにより競争力を磨いてきた部品産業が集積している。タイ自動車研究所によると、タイ国内の部品メーカーは1次サプライヤー635社、2〜3次1700社で、これらのサプライヤーが“アジアのデトロイト”としての着実な成長を支えている。

一方、2.3億の人口を背景にASEAN最大市場への成長が期待されているインドネシアでは、1次250社、2次以下550社(インドネシア工業省)となっており、タイとの単純比較して半分以下だ。タイでは、人件費上昇や人材不足、洪水問題などが指摘されるが、層の厚いサプライチェーンがさらなる投資を呼び込む形となっており、これがタイの競争力・優位性の源泉である。

《レスポンス 中田徹》



感想
 2011年の秋、東日本大震災から日本経済が回復の兆しを見せはじめたころ、タイのチャオプラヤ川流域で大洪水が発生。洪水は3か月以上にもおよび、死者は400人超、経済損失は日本円で約4000億円もの被害を受ける(リンク先を表示)。


 06年にタイのバンコクで、タクシン首相(当時)の親族によるインサイダー取引疑惑に端を発する、軍事クーデターが起こり、軍事政権が発足(リンク先を表示)。この混乱によって『エコカープロジェクト』は頓挫するかと思われたが、翌年になんとか実施されるに至った。

 その後、07年末に行われた総選挙で、タクシン派の国民力党が第一党になると、08年1月に国民力党のサマック・スントラウェート党首が首相に就任。2月に連立政権が誕生し、およそ1年5か月ぶりに民政復帰した(リンク先を表示)。


 タイの自動車産業は2度の危機を乗り越え、今年の自動車生産台数は200万台に届く見込み。タイのアジアのデトロイト化への道のりは着実に進んでいる。



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2012年05月16日

【新聞ウォッチ】対岸の火事ではないソニー・パナソニック提携交渉


5月16日9時37分配信 レスポンス

気になるニュース・気になる内幕---今日の朝刊(朝日、読売、毎日、産経、東京、日経の各紙・東京本社発行最終版)から注目の自動車関連記事をピックアップし、その内幕を分析するマスコミパトロール。

《元の記事を表示》

2012年5月16日付

●ギリシャ再選挙へ、連立交渉が決裂(読売・1面)

●沖縄復帰40年、辺野古移設埋まらぬ溝(読売・1面)

●倒れない!?電動一輪車、ホンダ、体傾けるだけ前進や旋回(読売・10面)

●シューカツ、狭き門来春も続く、業種で濃淡、全体は低水準(朝日・3面)

●TV事業ソニー・パナソニック提携交渉、有機EL脱自前主義(産経・3面)

●中国政府、マツダに進出要請、唐山市のエコ工業用団地(産経・11面)

●日産とイオン、EVで配送実験(日経・9面)

●先読みビジネス天気、自動車、国内販売は補助金頼み(日経・13面)

ひとくちコメント

ソニーとパナソニックが、次世代の大型有機ELテレビ事業で提携交渉を始めたニュースを15日の日経朝刊か報じたのを受けて、各紙が同日の夕刊に続いて、きょうの朝刊でも提携の行方を占う検証記事などを取り上げている。

提携の狙いは両社の技術を持ち寄り、開発費用の抑制と有機ELパネルの量産で協力を進め、先行する薄型テレビで世界の市場占有率の上位2位を占める韓国のサムスン電子とLG電子などの韓国勢を追随するというもの。

きょうの読売も「薄型テレビで先行するサムソン電子など韓国勢に対抗するためだ」と指摘。朝日は「主要部品から自前で一貫生産する『垂直統合』を得意としてきた日本企業に撮って、大きな方向転換だ」としている。

両社の提携交渉を特報した日経は「電機『再編ドミノ』サムスン包囲網探る」との見出しで「シャープは3月に台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業グループとの資本業務提携を発表した。再編ドミノの背景にあるのは、液晶テレビや携帯電話、半導体などで次々と日本のシェアを切り崩してきた韓国サムスン電子への対抗軸づくりだ」と説明している。

このように連日メディアが大きく取り上げているのは、日本の電機業界をリードしてきた両社が、主力事業で手を組むのは極めて異例だからで、自動車業界でいえば、トヨタ自動車とホンダがお互いの技術を持ち寄り、次世代エコカーを共同開発するようなものだ。きょうの日経の見出しを数年先の自動車業界に置き換えれば「自動車『再編ドミノ』ヒュンダイ包囲網探る」になるかもわからない。要注意だ。

《レスポンス 福田俊之》



感想
 薄型テレビ市場で世界シェア1、2位のサムスン、LG電子の韓国勢に対抗すべく、パナソニックとソニーがタッグを組んだ。両社は『有機EL』を共同で開発する。有機ELとは平たくいうと、ホタルの発光する原理を応用したもので(リンク先を表示)、この技術を発光体に用いたのが「有機ELテレビ(ディスプレイ)」である。このニュースはこれぐらいにして、今回は2社のうちの一つ、パナソニックの紹介を簡単にする(ソニーについてはまたの機会にしよう)。
 

 パナソニックは大阪府門真市に本社がある、国内最大の総合家電メーカーで、1917年に『松下幸之助』が創業した(リンク先を表示)。傘下の『三洋電機』の創業者、井植歳男は松下幸之助の義理の弟(姉むめのの夫)。キャッチコピーは「ideas for life」。ご存知の通り、数年前までパナソニックは「松下電器産業」と呼ばれていたが、4年前に「パナソニック」と「ナショナル」の2ブランドを統合し、パナソニックにブランドを一本化、社名をパナソニックに変更した。

 ちなみにあの野田総理が在籍していた政治塾、『松下政経塾』は79年に松下幸之助が設立した。筆者は「ひょっとして松下村塾(しょうかそんじゅく)意識してるんじゃ…」と思ったのだが、まったく関係ないらしい(リンク先を表示)。



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2012年04月03日

【クルマ人】フル充電で351キロ、技術積み重ねで達成 シムドライブ清水社長


4月1日14時30分配信 フジサンケイビジネスアイ

 電気自動車(EV)ベンチャーのシムドライブ(川崎市幸区)が3月に完成させた新しい試作車「SIM−WIL(シムウィル)は、1回の充電での走行距離が351キロメートルと世界最高レベルを誇る。走行性能も、昨年3月に発表した試作車「SIM−LEI(シムレイ)」を凌駕する。「最高のEVができた」という清水浩社長に、今後の事業展開などについて聞いた。

《元の記事を表示》

 −−第2弾の試作車の特徴は

 「車輪のなかに駆動モーターを組み込んだ『インホイールモーター』と、床下のフレーム構造のなかにリチウムイオン電池を搭載する『コンポーネントビルトイン式フレーム』という2つの独自技術を基本にしていることは、第1弾のシムレイと変わりはない。走行距離は、実際の走行に近いJC08モードで測定し、シムレイより約3割伸び、EVの最低限必要とされる300キロ超をついに達成できた」

 −−どうやって走行距離を伸したのか

 「走行距離との直接的な関係が大きい電池容量をシムレイに比べて約4割増の35・1キロワット時に拡大した。シムレイでは東芝製の電池を使用したが、今回はパナソニック製の電池を使用している。

 インホイールモーターも、電力の使用効率を高めた。さらに、上部車体に「モノコックスチールスペースフレーム」という新構造を採用したことで、シムレイよりも49キログラム軽い360キログラムに軽量化したことも大きい。

 新構造は、鋼管内部に高圧を注入して、複雑な形状を一体成形できる。シムレイで採用したモノコックボディよりも軽量で剛性が高く、部品点数も削減できた。こうした多くの技術の積み上げで、ハードルを克服した」

 −−乗り心地や加速性能にもこだわったようだが

 「ボディの大きさは排気量1300〜1500ccクラスの乗用車と同じくらいだが、車室は高級セダンに匹敵するほど大きい。電池の置き場所などに左右されないコンポーネントビルトイン式フレームの良さを最大限に生かし、車室を可能な限り広くした。

 また、インホイールモーターの構造などを見直し、シムレイで課題だったトルクリップル(初動時の回転ムラによる振動)を減少させるなどで、時速100キロ到達が5・4秒という中級レベルのスポーツカーに匹敵する加速性能も実現した」

 −−第3弾の試作車の開発も動き出した

 「第3弾の開発には、国内外から26社が参加している。シムウィルの後継車となるべき新EVは、『ハイパフォーマンスカー』をキーワードにした。単に加速など性能がいいということではなく、環境に優しく、エネルギー問題の解決に役立つという意味を込めている」

 −−第3弾の開発では、外部とも連携するそうだが

 「東日本大震災を契機に、電力供給源としてのEVの役割が注目されるようになった。第3弾では、これまでの駆動系、シャシー、ボディー、デザインの4つのワーキンググループに、『スマートトランスポーテーション』というグルを新たに加える。『スマートハウス』や『スマートグリッド』、『スマートシティ』との連携で、EVからのエネルギー供給を可能にする仕組みの基本的な考え方を整理し、実現を目指す。

 積水ハウスや三井不動産、三菱電機が初めて参加したのも、EVと住宅や街、送電網などとの連携を踏まえた新たな価値創造の試みに共感してくれたからにほかならない」

《フジサンケイビジネスアイ 編集部》



感想
 i-MiEVは160km(廉価グレードは120km)、リーフでも200kmと、EVの最大の弱点は航続距離の短さである。ナビやオーディオ、エアコンなどの電装系をフル稼働すれば、その距離はさらに縮まる。近距離での利用をメインに考えられているEVとは言え、いささか短すぎる。

 シムドライブが開発した『SIM-WIL(リンク先を表示)』は、タイヤのホイールの中にモーターを内蔵した『インホイールモーター(リンク先を表示)』と、床下のフレームの中に、バッテリーやインバーターなどを搭載した『コンポーネントビルドイン式フレーム』を用いることで、航続距離は351kmを達成。前記の2台にくらべ、大幅に長くなっている。これくらいあれば、十分に実用に耐えられそうだ。 



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2012年03月24日

“堅実な車”快走 第3のエコカー隆盛の理由


3月23日10時0分配信 フジサンケイビジネスアイ

 ■補助金・減税 成長への追い風

 補助金や減税など政府の景気刺激策を受けて、「エコカー市場」がにぎわっている。なかでも、ハイブリッド車(HV)、電気自動車(EV)に続いて、ガソリン車でありながら燃費性能を向上させた“第3のエコカー”が注目を浴び、市場の台風の目となっている。

《元の記事を表示》

 二酸化炭素(CO2)などの排出量が少なく、高い燃費性能を持つ車を対象に平成21年度から始まったエコカー減税。これを機に、エコカーという名称はこの数年すっかり定着した。

 HVやEVなどがその代表格とされてきた。しかし昨年は、燃料1リットルあたり30キロとHV並みの燃費性能を実現したガソリンエンジン搭載の軽自動車が発売されたほか、今年は家庭用電源で充電できるプラグインハイブリッド車(PHV)や低公害ディーゼルエンジン搭載のクリーンディーゼル車が相次いで発売され、選択肢が広がっている。

 日本自動車販売協会連合会、全国軽自動車協会連合会発表の2月の新車販売ランキングでも、トヨタ自動車のHV「プリウス」が9カ月連続の首位、4位にも同社のコンパクトHV「アクア」が入ったほか、第3のエコカーを代表するダイハツ自動車の「ミライース」を含む「ミラ」が3位で、軽自動車は計6車種がランクインした。

 エコカー市場で、存在感を示している第3のエコカー。ガソリンエンジンの性能の向上、車体の軽量化、無段階変速機(CVT)など既存の技術力をアップさせて電気やモーターを使わないでも、HVに迫る燃費を実現している。昨年夏以降、相次いで発売された第3のエコカーでは、実際の走行条件に近いJC08モードで1リットルあたり25キロを達成したマツダ・デミオ、同30キロのダイハツ・ミライースが市場を引っ張る。ミライースは今年1月までに7万台を超す受注となるなど快走中だ。

 エコカーがここまで隆盛なのはなぜか。

 ユーザーの視点から車を批評するモータージャーナリスト、岩貞るみこさんは「エコカーブームの背景には、そもそも石油資源枯渇の心配があり、環境問題への関心の高まり、そして昨年の東日本大震災後、さらに“堅実な車”を求める消費者ニーズが高まっている」と分析する。

 軽自動車がトップテンの過半を占めているが、岩貞さんは「軽自動車は成長しており、使い勝手の良さ、安全性への配慮などが評価されている。走行時の音や振動への不満など、かつてのネガティブなイメージからは大きく脱した」とみている。

 エコカーに追い風になっているのは、補助金と減税だ。4月からは補助金が再開され、平成27年度燃費基準を満たすなどすれば普通車で10万円、軽自動車で7万円の補助金を交付。エコカー減税でも、これまで100%減税(免税)はEV、HVなどに限られていたが、新制度は基準を満たせば第3のエコカーなどガソリン車も対象になる。

 車両価格が100万円程度と安い軽自動車の場合、補助金と合わせて中には10万円以上も得になる車種もあり、メリットは大きい。補助金、減税については車種などにより異なるため、各メーカーのホームページや販売スタッフに確認したい。

 岩貞さんは「購入時だけでなく、軽自動車は普通車に比べて維持費も安く抑えられるメリットがある。その品質と経済性から軽自動車、コンパクト車志向は強まるだろう」と話す。

《フジサンケイビジネスアイ 谷内誠》



感想
 『ミライース』。リッター30kmが大きな話題となったこともあり、「これは売れるな」とは思っていたが、ワゴンRを抑えて軽自動車でトップに立つとは(ミラ含む)、予想を超える売れ行きである。

 ホンダ渾身の『N BOX』がタントとムーブに勝ち(リンク先を表示)、軽自動車で3位と好スタートを切っているのに対し、『アルトエコ』でミライースに挑んだアルトが6位に甘んじているなど、スズキとしてはいまいち面白くない結果となった。それにしても『プリウス』は凄い(リンク先を表示)。


 三菱が『パジェロミニ』の生産を終了することを発表した(リンク先を表示)。18年の歴史が閉じることになる。2代目がデビューしたのが1998年で、後継車が出る気配がなく、三菱にはもうパジェロミニを売る気はないと思ってはいたが…。ライバルの『ジムニー』と『テリオスキッド』が生産を終えるのも時間の問題かもしれない。



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2012年03月05日

日産、「ダットサン」復活か 新興市場に投入の見通し


3月4日11時46分配信 ウォール・ストリート・ジャーナル

 日産自動車が1980年代半ば廃止した小型車「ダットサン」ブランドの復活を検討していることが明らかになった。低価格ブランドとして新興市場に投入する見通しだ。

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 事情に詳しい関係者によると、新興市場では、日産の主力ブランド「ニッサン」は初めて新車を購入する消費者にとって価格が高すぎるため、現地で生産・販売する低価格車としてダットサンの復活を検討している。

 ダットサン・ブランドは1932年に日本で発売が開始され、58年には米国に上陸した。70年代から80 年代にかけて、B210など同ブランドの低燃費小型モデルが米消費者から支持された。車好きの間では280Zに人気が集まった。しかし、80年代半ばに、ブランド名は「ニッサン」に統一され、ダットサンは車名として使用されなくなった。

 日産はその後、米国市場向けの高級車ブランドとして「インフィニティ」を投入したが、大ヒットには至っていない。インフィニティは欧州でも販売されているが、市場シェアはあまり伸びていない。

 2日付けの日経新聞報道によると、日産は2014年までにダットサンブランドを復活させ、年間30万台を販売する方向で準備を進めている。価格は1台約50万円となる見通しだ。同報道によると、ダットサンはインドとインドネシア、ロシアで生産及び販売を行う見通し。

 日産は今後の製品戦略についてコメントを避けた。

 自動車の新ブランド立ち上げには多額のコストと何年もの時間がかかる。低価格車では特にそうだ。トヨタ自動車は10年近く前、米国で「サイオン」ブランドを発売した。売り上げは当初こそ上々だったが、その後、先細りとなった。ダイムラーも米国で小型車ブランド「スマート」の浸透に苦戦し、欧州でもシェア拡大に苦労した。ゼネラル・モーターズ(GM)の小型車「サターン」は赤字を出し続け、後に廃止された。ただ、GMは低価格車ブランドとして欧州に「シボレー」を投入し、好調を維持している。

 自動車業界は現在、ブランドを絞り込む方向にある。GMはサターンにとともに、「ポンティアック」と「ハマー」の両ブランドを廃止し、フォードは「マーキュリー」ブランドを廃止した。

 日産はこれまで、野心的な拡大計画を描いてきた。昨年6月には、世界市場でのシェアを2017年3月末までに8%とする目標を明らかにした。日産はシェア拡大の多くの部分について、中国やインドなど、1人当たりの国民所得が低い新興市場に期待をかけている。

 日産は今でこそ、日本の自動車メーカーの中で最多の利益を稼ぎ出しているが、1990年代終盤には倒産の危機にあった。一時は、経営状態の悪さから高級車ブランドのインフィニティの廃止が検討された。その後、日産は再建を果たし、スポーツカーの「フェアレディーZ」や「GT―R」など全盛期のモデルを復活させた。

《ウォール・ストリート・ジャーナル Chester Dawson,Neal E.Boudette》



感想
 ダットサンブランドが誕生したのは、日産が設立された1933年の前年のこと。33年当時、日産は『自動車製造株式会社』を名乗っており、翌1934年に社名を『日産自動車』へ変更した(関連リンクを表示)。

 あのフェアレディZの海外向けの名称は、初代から2代目モデルまでは『ダットサンZ』を用いていた(英語ではダッツンズィーと発音するらしい。ちなみにシボレー・コルベットはコーヴェ)。北米では『Z car』のニックネームで親しまれた(関連リンクを表示)。



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2012年02月28日

【ビジネスアイコラム】あえて「花道」論 創業家出身、トヨタ・章男社長の評価


2月27日5時0分配信 フジサンケイビジネスアイ

 トヨタ自動車の創業者、豊田喜一郎氏のストーリーを書くため、複数の関係者に話を聞いた。松下幸之助氏にしろ、本田宗一郎氏にしろ、日本が世界に誇る製造業の創業者の名は広く知られているものだが、喜一郎氏は国内最大の製造業トヨタの創業者でありながら、一般的な知名度は低い。

《元の記事を表示》

 トヨタグループの創始者で、日本の十大発明王にも選ばれた父、豊田佐吉翁の存在があまりにも大きすぎた。さらに、57歳の若さで亡くなったことなども知名度の低さに影響していると考えられる。しかし、喜一郎氏が日本の自動車産業に残した功績は少なくない。「大衆車の国産化」を掲げ、トヨタという一企業のためではなく、「日本」のモータリゼーションの扉をあけるためにクルマづくりに没頭したその姿は、自社の株価や収益のみにきゅうきゅうとする現代の経営者にはみられないものだ。

 では2009年6月の就任からトヨタを率いる喜一郎氏の孫、豊田章男社長はどうだろうか。

 「ただのクルマ好き、ただのモータースポーツ好き」。こんな批判もある。一方、リーマン・ショック後の世界的な自動車不況の中でトップに就き、米国でのリコール(回収・無償修理)騒ぎを、米公聴会に出席しなんとか乗り切った。東日本大震災、タイの洪水問題など次々と難題が立ちはだかったが、2012年3月期は売上高、各利益とも上方修正。12年のグループ世界販売計画は958万台と、達成すれば過去最高になるという。あくまで「達成すれば」だが。

 章男氏を評価しようとすれば、どうしても豊田家出身という「色眼鏡」を通してしまう。あえてその色眼鏡を外してみるなら、この2年8カ月の対応は「満点」とは言えないまでも、「及第点」だろう。どこかの電機メーカーのサラリーマン社長は在任6年間で最終赤字が3度、大幅に人員削減しておきながら「続投」するという。これらに比べれば、章男氏のほうがはるかに経営者としてまともだ。

 副社長時代に2度、懇親会で長時間にわたって話を聞いたことがある。そこで感じたのは「クルマが好き」という祖父譲りの純粋な気持ちだ。その気持ちに、うそや気取りはない。これだけは断言できる。

 問題は、章男氏のこの熱い思いが、グローバルな大競争時代にさらされる現代の自動車業界で、盟主の座を維持していく際にどう作用していくか、だ。「好きだけで経営はできない」という指摘もあるだろう。

 章男氏は、来年5月で喜一郎氏が亡くなった年齢と同じ57歳となる。戯言として聞いてもらいたいが、目標どおり12年に過去最高の販売が実現したならば、それを花道に2期4年で社長をさっそうと退いてはどうだろうか。その若さと情熱を生かし、次なる新たなステージでの活躍も見てみたいものだ。

《フジサンケイビジネスアイ 大阪経済部次長 島田耕》



感想
 売上高で、松下(現パナソニック)やホンダを圧倒する規模を誇るトヨタも、創業者の知名度では、この2社には遠く及ばない(失礼)。それだけあの2人にカリスマ性があったのだろう。ちなみに『豊田喜一郎』が生まれたのは、松下幸之助と同じ1894年(リンク先を表示)。

 「存在があまりにも大きい」とされた豊田喜一郎の父、豊田佐吉については、知らなかった人のほうが多いと思う(筆者もそうだった)。しかし、彼が創業した『豊田自動織機』は、歴史の教科書にも載っていることもあり、一度は聞いたことがあるだろう。今のトヨタは、豊田自動織機の自動車部門が独立したものである(リンク先を表示)。

 祖父の豊田喜一郎と同じ、無類のクルマ好きである『豊田章男(リンク先を表示)』氏が、ただのクルマ好きで終わらないためにも、12年の世界販売958万台とする目標は、ぜひ達成してほしいと思う。



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2011年11月19日

自動車各社 続々リバイバル、ミドル照準


11月18日10時8分配信 産経新聞

 ■N360、ミラージュ、シーマ…

 自動車各社が、かつて一世を風靡(ふうび)した車名を復活させる。ホンダが軽自動車「Nシリーズ」、日産自動車が高級セダン「シーマ」、三菱自動車が小型車「ミラージュ」の名前を復活させる。三菱の「ディアマンテ」や、トヨタ自動車も新型スポーツカーで、かつてのブランド復活を検討している。若者の自動車離れが進む中で、当時の人気にあやかり、40代以上の車世代を呼び戻すのが狙いだ。

《元の記事を表示》

 ホンダが12月中旬に発売する軽「N BOX」は、同社が初めて量産した乗用車「N360」を引き継ぐ。軽自動車強化を打ち出す同社は「ホンダの軽が一番元気だったころを振り返ってやり直す」(峯川尚取締役常務執行役員)としており、N360の復刻版の発売も計画する。

 三菱のミラージュは平成12年に生産を終えたが、来夏、「低燃費で低価格」という当時と同じコンセプトで復活させる。ガソリン1リットル当たり30キロの低燃費と100万円前後の低価格で、第3のエコカーとしてアピールする。

 日産もバブル期を代表し、昨年8月に生産を中止した「シーマ」をハイブリッド車(HV)として来春再投入する。三菱は平成初期に人気だった「ディアマンテ」の車名を、日産からOEM(相手先ブランドによる生産)調達するセダンに利用することで調整しているほか、トヨタも来春発売の後輪駆動スポーツカー「FT−86」に、「レビン」「セリカ」などのブランドを検討中だ。

 車名は購入ターゲットの変更や販売ネットワークの統廃合、販売強化などの理由で廃止される。トヨタの「コロナ」「スプリンター」、日産の「ブルーバード」「セドリック」「グロリア」がなくなった一方、日産が「サニー」を中国発売の小型セダンに冠するなどの動きも出ている。

 車名復活は過去に人気があったブランドを使うことで一定の販売を確保したいという経営上の「安全策」の面がある。同時に、世界戦略車などでは、新車名が国によって商標問題などで使えないリスクを避けるメリットがある。

 第一生命経済研究所は「食品業界では定番商品に新しい味を追加したりする。車名変更もコストをかけずに販売強化する手段といえるが、車にはファンも多くリバイバル効果は大きい」(永浜利広主席エコノミスト)と分析する。

《産経新聞 編集部》



感想
 VWビートルやミニは言うに及ばず、フィアット500(チンクチェント)、7年間のブランクのあと、2009年に復活したカマロなど、数多くのリバイバルモデルが世界には存在している。その流れがこの頃、日本でも顕著に拡がりはじめた。


 去年、シーマも生産中止されていたんだっけと、もとの記事を読んで思い出した。シーマと言えば、バルカン砲を彷彿とさせる、あの特徴的なヘッドライトを頭に浮かべる人もいただろう(リンク先のトップを参照)。

 ヘッドライトは派手過ぎ、ベンツやアウディ、その他もろもろの寄せ集めのようなシーマの外観には、つっこみを入れたい所は数々あっても、エクステリア全体に目を通してみると、筆者にはなかなかカッコよく感じられた。



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2011年10月15日

自動車各社にタイ洪水の被害拡大、ホンダは予想下方修正リスク浮上


10月14日19時23分配信 ロイター

 [東京 14日] タイの記録的な洪水で日系自動車メーカーの現地生産に被害が広がっている。ホンダ(7267.T)は四輪車工場が浸水により生産不能となったほか、自社工場に直接被害のない自動車メーカーも部品調達が滞り操業停止が相次いでいる。

《元の記事を表示》

 ホンダは生産再開のめどが立たない状況で、仮に再開まで3カ月を要した場合、「営業利益で250億円前後の影響がでる可能性があり、通期会社予想も下方修正リスクがある」(野村証券の自動車担当アナリスト、桾本将隆氏)との指摘も出ている。

 ホンダはアユタヤ県ロジャナ工業団地に年産能力24万台の四輪車工場を持つ。「シビック」「シティ」や、5月に発売したばかりの新興国戦略車「ブリオ」などを手がけているが、取引先からの部品供給停止で10月4日から8日まで生産を休止した。8日には自社工場敷地内にも浸水し、工業団地からも退避命令が出されたため、施設への立ち入りもままならない。21日まで同工場の操業停止を決めた。

 ホンダはタイをASEAN(東南アジア諸国連合)地域の部品供給拠点としても活用しており、洪水被害が長期化すればタイ以外での生産にも影響が波及する可能性もある。同社は部品や完成車を日本などから振り替えて供給することも検討しているが、「日本国内は震災で遅れている生産のリカバリーで高稼働となっており、供給余力が少ない」(野村証券の桾本氏)との指摘もある。

 ホンダは自社工場だけでなく、現地に進出している主要取引先も洪水被害を受けている。例えば、自動車用シートをホンダに納入しているテイ・エス テック(7313.T)は、工場が立地するアユタヤ県のサハラタナナコン工業団地が浸水し、4日から生産を休止している。ホンダはタイで生産する車両のすべてに同社のシートを採用しており、同社の操業休止によってホンダは即日生産停止に追い込まれた。

 自動車用シートは輸送効率が悪いため、現地の需要は現地で生産する「地産地消」が基本。テイ・エス テックとしては水が引くまで待つしかなく「希望としては今月中にも生産再開時期にめどを立てられるようにしたい」(広報担当者)としている。

 <生産停止の影響、「現時点では限定的」との見方も>

 ホンダ以外のメーカーも、自社工場に直接の被害はないものの、部品不足で生産停止を余儀なくされている。トヨタ自動車(7203.T)は10月10日から始まったタイ工場の車両生産停止を22日まで継続。三菱自動車も(7211.T)も13日夜から15日まで操業を見合わせる。

 マツダ(7261.T)が米フォード・モーター(F.N)と折半出資で設立した工場も11、12日の生産を停止した。マツダ2(日本名デミオ)やマツダ3(同アクセラ)など乗用車の生産ラインについては13日から昼夜2交代制のうち昼勤務のみ稼働させたが、ピックアップトラックの生産ラインは11日から生産停止を継続している。

 日系自動車メーカーは東日本大震災から立ち直り、上期の生産遅れ分を取り戻そうとしていた矢先だけに、アジアの生産集積地であるタイが洪水被害にみまわれていることは痛手だ。ただ、格付け会社ムーディーズ・ジャパンの自動車担当アナリスト、臼井規氏は、タイの洪水による生産停止の影響は「現時点では限定的」とみている。

 大震災の際はマイコンなどの代替しにくい部品の供給網が被災し、それがボトルネックとなり世界規模に影響が出た。しかし、今回の洪水被害については、サプライチェーンに対する影響を震災時ほど心配しなくてもいいのではないか、と臼井氏は指摘している。

《ロイター 杉山健太郎  編集 北松克朗》



感想
 これからの厳しい世界で生き残っていくためには、新興国市場での成功は各自動車メーカーにとって、絶対に外すことのできない条件である。新興国市場でとくに重要視されているのは、中国、インドだが、それらに次ぐ市場とされているのが、東南アジアのASEAN(東南アジア諸国連合,参照リンクを表示)諸国だ。

 ASEANはインドネシアやタイ、シンガポールなど、10か国からなる地域協力機構で、EUや北米自由貿易協定(NAFTA)に並ぶ規模とされている。ASEAN主要国の中で、最多の新車生産台数を誇っているのがタイ。その数は約160万台と、2位のインドネシアの倍以上で、タイは東南アジア最大の自動車王国といえる。

 日本のメーカーは、そんなタイでの生産を増強しつつあるが、それを象徴するよう、昨年に発売された4代目のマーチは、タイで生産されているという(参照リンクを表示)。今回の洪水で、タイが受けた経済的な打撃は、震災で日本が被った被害にくらべれば、たしかに小さいものだが、早く終息してくれることを望む。



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ラベル:タイ 洪水 ホンダ
posted by ゆうすけ at 15:33| Comment(1) | TrackBack(0) | ビジネス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月07日

"ロータリー"のRX−8、来年夏生産終了 最後の特別仕様車11月発売


10月7日12時24分配信 フジサンケイビジネスアイ

 マツダは7日、ロータリーエンジンを搭載したスポーツカー「RX−8」の生産を来年6月に終了する、と発表した。ロータリーエンジン車は、現在マツダだけが手がけており、今回の生産中止で、世界的にロータリーエンジン車の生産がストップすることになる。

《元の記事を表示》

 同社は、ロータリーエンジンの研究・開発は継続するとしている。RX−8の後継車種についても「鋭意開発中」(広報)としている。だが、現段階ではプロトタイプなども出展されておらず、製品化は早くても数年後になるもようで、マツダを代表するロータリーエンジンから一時撤退となる。

 すでにRX−8は、環境規制に対応できないため、昨年6月に欧州向け、今年5月に米国向けの生産を中止した。日本でも来年導入される新安全基準に対応できないため、生産中止を決め、世界的な生産をやめる。

 マツダのロータリーエンジン車は1967年5月の「コスモスポーツ」が最初。その後、「RX−7」などがヒットしたが、90年代以降縮小してきた。ロータリーエンジン車の生産は累計199万4798台。200万台の大台を超えず、生産終了になる公算が大きい。

 また、同日、最後の特別仕様車として「RX−8 SPIRIT R」を11月24日に発売することを発表。最後の特別仕様車となり、1000台の販売を目指す。

《フジサンケイビジネスアイ 編集部》



感想
 2003年、マツダは新開発のロータリーエンジン(公式リンクを表示)、『RENESIS(レネシス)』搭載の『RX-8(参照リンクを表示』を発売した。

 RX-8は4ドアのスポーツカーで、観音開きを採用した前後ドア、極端なまでのオーバーフェンダーなど、ロータリーエンジン以外にも注目すべき点は多かった。

 RENESISは業界での評価が高く、2003年に開催された「エンジン・テクノロジー・インターナショナル」にて、「インターナショナル・エンジン・オブ・ザ・イヤー」を過去最多の得票数で受賞している(参照リンクを表示)。


 1967年のコスモスポーツ(参照リンクを表示)の販売開始から47年、マツダが自社の“象徴”といえる、ロータリーエンジンの生産から手を引くこととなった。

 「水素を燃料とし、排ガスが出ない「水素エンジン」の実証実験も進めており、これらを新たな看板技術にしたい考えだ」とあるので、ロータリーエンジンの研究・開発などは今後も続けていくようである(元の記事では水素エンジンとあるが、これは水素ロータリーエンジンを指しているのだろう)。



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